春におもう 令和2年3月

 いよいよ三月。春弥生を迎えました。これから芽吹きを感じる季節です。
新型コロナウイルス感染症が世界を震撼させています。北海道内は特に発生数が他の地域よりも多く、道民あげて感染防止の対策を講じることが極めて重要となっています。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。
 我が寺では、二月の中旬に約一年押し入れの奥にしまっておいた箱をとり出します。最近ではまったくと言っていいほど他所のお宅では見なくなりました雛人形です。
段を組んで緋毛氈を敷いて、桃の花と菱餅を供えて美しいお顔のお雛さまが飾られます。この一連の作業には、我が子我が孫の幸せを願う日本の母心の象徴、何ともやさしく和やかな時間が流れます。
 時を同じくして、春のお彼岸のご案内発送が完了する時でもあります。
 一人でも多くの方々に南無阿弥陀仏のお念仏に触れていただきたいとの思いから、私たち寺方は通常一生懸命にお声掛け致しますが、それから数日が経ちこの文を記している今はその反対、万が一感染の可能性のある集団の場の提供を出来る限り避けることとして、参詣来山者の自粛要請のお知らせを急遽作成、投函し終わったばかりです。
 悩みに悩みましたが、我が寺ではそうさせていただきました。
 お雛さまのお飾りには、我が子我が孫の幸せを願い、そして春彼岸には、先立っていかれた我がご先祖代々や御縁の皆さまに心を寄せてお念仏をお供えする。この時間があればこそ、一段と春を感じることが出来るのではないでしょうか。
 宗祖法然上人は「偏(ひとえ)にわが父母の養い立てたればこそあれ」(『示或人詞』)と仰られています。つまり、この私がお念仏をお称えすることが出来るのも偏にご両親にお育ていただいた「おかげ」があるからこそなのです。
 この御言葉をわかるような時間を、春の訪れと共に過ごさせていただきたいものです。