行先はどこに 令和8年7月

 先日、「ちょっとお聞きしたい事が・・・」とお檀家さんに呼び止められた。
 お話を伺ってみると、夫のお父様がお亡くなりになり参列したのだが、式も何もなく火葬のみで終わってしまったらしい。所謂『直葬』と言われているものだ。

 不安なお顔をされながら、「浮かばれるのでしょうか?」と問われた。

 私は「浮かばれるという言葉に受け取り方がたくさんありますので何とも言えませんが、亡くなられた方の行先はどこなんだろうな?とは思います。」

 浄土宗では「南無阿弥陀仏」とお念仏を声に出しお称えすることで、阿弥陀さまはその声をお聴きになられ、お迎えに来て下さり、そして西方極楽浄土の世界へお導き下さいます。
 浄土宗をお開きになられた法然上人は、

『生けらば念仏の功つもり
 死なば浄土へまいりなん
 とてもかくてもこの身には
 おもいわずろう事ぞなき』

と常に仰せられておりました。

 お念仏に出会い往生できることが確信されると、死後に対する安心感と共に、死ぬその日までの生きる時間にさえも意義を与えてくれます。

 コロナ以降よく耳にする『直葬』という言葉。
「お坊さんとの付き合いは面倒だな。」「お金を使いたくないな。」
 行先はいったいどこなんでしょう?
 そこに安心はあるのでしょうか?

 願供諸衆生 ともに歩み ともに励んでまいりましょう。なむあみだぶつ。