鬼の念仏 令和8年2月
六年前の事です。国からの宣言を受けて子供の通う学校は休校となり、放課後預かりのミニ児童クラブも一時的に受け入れ中止となりました。当時はまだリモートも広く浸透しておらず、共働きの家庭ではなおのこと頭を抱えていた事と思います。保育園時代からの小学校の友達の家庭も困っていると聞き、少人数を預かって寺子屋を行いました。初めに十遍のお念仏を唱え、阿弥陀仏にご挨拶。勉強や工作をして、運動がてら、新型コロナウイルスの早期終息を願って、一月遅れの豆まきをしました。
木魚のバイをピコピコハンマー持ち替えて、鬼の面をつけて全速力で子供たちを追いかけまわす。子供たちは叩かれまいと必死に逃げながらも、全力で豆を投げて反撃をする。そんな豆まきを何度も繰り返し、楽しいひと時を過ごしました。
その時の私の姿は、普段お会いするお檀家さんには滑稽な姿であったことと思います。
「鬼の念仏」という江戸時代幕末の頃の風刺画をご存じでしょうか。
恐ろしい鬼が僧侶の姿をして、胸に鉦を掛け、右手に種木を持ち、左手には奉加帳を持って念仏を唱え、施しを乞いながら歩く姿を描いたものです。慈悲ある姿とは裏腹な、形だけの善行を積む姿を揶揄した風刺画とのことです。
近ごろは僧衣を身に纏う度、修行道場の先生からいただいた言葉が思い返されます。
「本当の自分が酷い有様だから、私達は重ね重ね着ものを羽織って人前に出るんだろうね。」
墨染の衣を身に纏い、人の為に尽くすことを説き、赦すことを説き、感謝することを説く、貪りと瞋りと愚痴の鬼。物事に心奪われ、折に触れては腹を立て、正しさに迷う。
そんな私の姿は、仏の眼にはこの風刺画の鬼のように見えて映るのかも知れません。
私たちは生活の中に鏡を見て身なりを整えますが、一番に整えなければならないものは心であります。よくよくお念仏を称え、心を整えては、悦ばれる姿でいられますよう心掛けて過ごしていきたいものであります。
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