夏から秋へと季節が進み、だんだん冬が近づいて来ると思うと、憂鬱になりますが、読書の秋、スポーツの秋・実りの秋と秋は楽しみも多い季節です。
私は実りの秋が一番好きです。皆さんはいかがでしょうか?
日本では、食事をいただくときに「いただきます」と「その食材」への感謝の言葉をいう方が、多いと思います。
欧米などでは、「この食事を私たちに与えてくださった神様に感謝します」と「神様」への感謝の言葉を述べます。
それぞれ感謝する対象が違いますが、これは、その国に根付いている信仰の違いです。
欧米で、信仰する方が多い、キリスト教やイスラム教などの一神教の信仰では、人間や他のすべて命、そのほかすべての物事は神様が造り、私たちに与えてくださったと説かれます。、目の前にある食事も、神様が食材をくださるので「神に感謝します」と述べるのです。
一方、仏教では、命はもちろん、その他すべての物事は、自然の営みとの中で、生まれたものであり、人間であれ動物であれ、生きとし生けるもの命は、すべて平等に尊いことを説いています。
「いただきます」は、生き物から、私たちと同じ尊い命を、私の都合でいただくことに感謝することです。仏様が命をお造りになられたわけではないので、仏様ではなく、その命に感謝の気持ちを述べます。
「他者から命をいただいている」から食べ物を粗末にしてはいけないし、他者から命をいただいて繋いでいる「自分の命」や「周りの人の命」を、大切にしなければならないのです。
文化の違いですので、どちらが良いということはありません。
ただ、「いただきます」の心があるからこそ、食べ物だけではなく「物や場所・自然へも感謝する」「同じく尊い命を持っている他人に配慮する」という心が自然と身につき、世界で一番治安が良いといわれる国が成り立っているのではないでしょうか?
私たちは、こういった良い心がけは自然と「前の世代」から受け継ぎ、身につけています。私たちが後の世にもこの良い心がけを「相続」していくには、その元となった、繋がれている命への感謝の心を、私たち自身がしっかりと持たなくてはいけません。
「いただきます」と言う食事の前に、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とお称えし、命の繋がりに感謝する心を深めていただければ、尊い事であると存じます。 合掌