思いを行動に 令和5年1月

新たな年を迎え、ご自身やご家族の本年の幸せを願っておられることと存じます。

幸せとは「しあわせる(為る+合わせる)」の名詞形として室町時代に生まれた言葉だそうです。
本来は「めぐり合わせ」の意味で、「しあわせが良い(めぐり合わせが良い)」、「しあわせが悪い(めぐり合わせが悪い)」と、用いられたそうです。
江戸時代以降、現代のように「しあわせ」=「幸運な事態」を表すようになったようです。

それぞれの立場によって、何が幸せかということは違うものですが、仏教徒としての、この世での幸せは、常に「明るく」「正しく」「仲良く」過ごすことのできる状態でいることです。

感謝の気持ちを忘れず毎日を笑顔で「明るく」過ごすこと。
我が身を振り返りながら人生を豊かにするための道を「正しく」歩んでいくこと。
思いやりと敬いの心をもって「仲よく」生きること、さらに平等に、人々や社会に対して慈悲の心を向けること。

「明るく」「正しく」「仲良く」保育園での目標のようですが、どれも真剣に行おうと思うと、大変難しいものです。

浄土宗でご本尊様としてお祀りする「阿弥陀仏」は「なむあみだぶつ(私をお助けください阿弥陀仏様)」と声に出し称えるものを、来世は必ず「明るく・正しく・仲良く」が自然に行え、すべての苦しみがない、極楽浄土に導くとお誓いくださって仏様です。

また、私たちがこの人生を歩んでいる間も、阿弥陀仏の放つ光明で、私たちの心を照らしてくださり、「明るく」「正しく」「仲良く」過ごせるように、護念してくださるとお経の中に説かれております。

朝には、「なむあみだぶつ」お念仏をお称えし、今日一日「明るく・正しく・仲良く」過ごせますように、もし急に命終の時が来ても、極楽浄土にお導きくださいと念じ、夜には「なむあみだぶつ」お念仏をお称えし、一日の言動を報告し・省みるとともに今日一日を無事に過ごせたことを、喜び感謝する。
そんな生活の中に、本当に幸せな心が少しずつ身についてくるのです。

浄土宗をお開きになられた法然上人の詠まれた唄に
「いけらば念仏の功つもり、しならば浄土へまいりなん。とてもかくても、此の身には、思いわずろう事ぞなきと思いぬれば、死生ともにわずらいなし。」
とあります。

生きている間は、お念仏をお称えし、功徳を積みながら阿弥陀仏に護念され、「明るく」「正しく」「仲良く」を心がけ生きていく。
いつか、旅立つときが来たならば、すべての苦しみがない、極楽浄土に導かれる。
お念仏を称え生きているものには、死生ともに思い煩うことがない。

新しい一年、このような心がけで過ごさせていただきたいものです。

合掌