4月は各総大本山で「御忌法要」が勤められます。この法要は浄土宗を開かれた法然上人の年回忌法要で、お命日は1月25日ですが、足元のよい4月に執り行われる慣例となっております。
浄土宗を開かれた法然上人は、学校の教科書では単に鎌倉仏教の先鋒として記載されますが、日本仏教界においては唯一無二の宗教革命を起こしたお方とされています。浄土宗の開宗によって当時の仏教界は大きな衝撃を受けました。
その理由は、「お坊さんではない一般の人々が、仏の世界に必ず救われることが出来る」と説いたことによります。当時の常識では、山に籠って一生厳しい修行をし続けるからこそ仏の世界に生まれることが出来る、というものでした。つまり僧侶にだけしか救いの道がなかったのです。そして厳しい修行をすることが僧侶という立場の保証となっていたのです。
法然上人は何万巻という仏教経典を繰り返し読破し、釈迦の経典に記されているという確かな根拠をもって、阿弥陀仏という仏が「我が名を呼べばどのようなものでも必ず我が国に救いとる」と誓われ完成された事実を突き止めます。
しかしこの事実は当時の仏教界において受け入れがたいものでした。「我が名を呼ぶ」つまり念仏することで、だれでもが仏の国に救われるのであれば僧侶の立場がなくなるからです。
もちろんこの教えは瞬く間に京の都を席巻し、法然上人の多くの弟子によって全国に広められました。
その様子に危機感を抱いた既成仏教側は、政治的圧力で浄土宗に制裁を与えたのです。
法然上人の流罪、法然上人没後の墓の破却、朝廷の念仏停止命令等です。
しかし、いくら体制側が制裁を与えようとも、一般の人々が初めて手にすることが出来た教え、間違いなく救われる仏道の道理に適った「浄土宗の念仏の教え」は全国に広がり浸透していったのです。
つまり現在のように僧侶ではない一般の人々が仏道に関われているのは法然上人が浄土宗を開いてくださったからこそなのです。確かに鎌倉新仏教の先鋒ではありますが、はじめて一般の人々にその道を開かれた影響は計り知れません。
皆さまの大切な亡き方がいらっしゃるのが阿弥陀仏の極楽浄土です。そこから見守られ、導かれ、いずれは往き生まれて再びお会いすることが出来る。お念仏を称える声のなかに、しっかりと仏との強縁を繋ぐことが出来る、我々のための有難いみ教えが浄土宗のお念仏なのです。
御忌法要はその法然上人の御遺徳を讃える法要でもあるのです。