悪口(あっく) 令和7年5月

 先日ある寺の掲示板伝道をFacebookで見てましたら「うそは言わない。人に媚びない。人の悪口は言わない。私に出来ないことばかり。」と掲載されてました。全くその通りでありまして、自分にも出来ないことばかりであると反省をさせられました。

 お釈迦様にまつわるエピソードにこんなのがあります。お釈迦様とある若者とのやり取りのお話がです。ある若い男がお釈迦様の所にきて、さんざん、悪口を言ったそうです。黙って聞いておられたお釈迦様は、彼が言い終わるとたずねられました。
「おまえは、祝日に、肉親や親類の人たちを、招待し、歓待することがあるのか」
「そりゃ、ありますよ!」
「親族がそのとき、おまえの出した食べ物を食べなかったらどうするか」
「食べなければ、残るだけだろう!」とやりとりをしたそうです。
「人に贈り物をして、その人がそれを受け取らなかったら誰のものになるのか、私の前で悪口雑言ののしっても、私がそれを受けとらなければ、その悪口雑言は、誰のものになるのか」と。
 お釈迦様はこのように答えられました。
「智恵ある者に怒りなし。よし吹く風荒くとも、心の中に波たたず。怒りに怒りをもって報いるは、げに愚かもののしわざなり」「私は、愚か者でありました。どうぞ、お許しください」とその若者は謝り反省をしたそうです。
 お釈迦様のようなどんな悪口批難に対しても超然とした態度を取ることは私たちにはとても出来ません。「怒りに怒りをもって報いるは、愚か者のすることですよ」というお釈迦様のお言葉なのです。
 しかし、実際掲示板の様に「罪悪生死・罪悪愚鈍」の私たちにはなかなか出来ないのではないでしょうか。知らず知らずのうちに、悪いことと知っていてもついついやってしまうのが私たちではないでしょうか。
 「悪口(わるぐち)」は、仏教的には十悪・五逆の罪の中の「悪口(あっく)」と申します。我々はその罪だけではなく、日頃たくさんの罪を作り続けております。ご本尊阿弥陀さまはそのような者でも「我が名を呼ぶ者つまり南無阿弥陀仏のお念仏を称える者は必ずお浄土・極楽浄土にすくい取るぞ」と仰っておられるのです。只々私たちは、その事を信じ仰ぎ「お念仏」を称えることが肝要なのです。そして、それこそが「罪悪生死・罪悪愚鈍」の私たち唯一救われる信仰なのであります。
悪いことをしないように、善いことをすることを心がけ、「お念仏」を称える日暮らしを送って参りましょう。