明治生まれの浄土宗僧侶で、全日本仏教会を設立し、初代事務総長となり、仏教学者でもある友松圓諦(ともまつえんたい)師の著書の中でお釈迦様のお言葉である「爾(なんじ) おのれの灯となれ すみやかにいそしみて 賢き者となるべし けがれをはらい 迷いをはなれて 尊き聖地にいたるべし」を取り上げられ、自分なりに解釈した言葉を下記、紹介させていただきます。
「今日の言葉で、一段、一段と、爪先上がりに登ってゆく、我々の宗教生活というか、修行生活のことを言っているものと、私は受け取っている。どうせ、私共は一足飛びに大型の人物になれっこない。一歩一歩、毎日の自分の現実生活を掘り下げて、少しでも生き甲斐のある生活をし続けてゆくうちに、やがて、いつの日にかは、辿りつけるのではないかと思う。」
(『法句経講話五十選』友松圓諦著より)
人として生を受けて、私たちはどこへ向かってゆくのでしょうか?
ただ、いたずらに生活をして、楽しいことばかり、美味しいものばかりを追い続けて命を終えてゆくこと程、悲しいことはないと思います。
何を頼りとして、どこへ向かってゆくかで、後生に亘り、幸せになれるか、苦しみ続けてゆくかが決まるのです(因果応報)。
人生は長いようであっという間です。迷い悩む一時も大切ですが、目標に向かって、まず一歩を踏み出す勇気、そして、毎日毎日続けてゆく姿勢こそ大切なのであります。
合掌