自然法爾 平成29年11月

 お彼岸が過ぎてからというもの、日一日と陽が短くなっているのも実感する季節でございます。それと同時にこれから長い冬が来るのかと思うと憂鬱な気分になる方もおありかと思います。
 「裏をみせ おもてをみせて 散るもみじ」
 これは、散りゆく紅葉が、表を見せたり、裏を見せるように、私たちもすべてをさらけ出したいものですね。という、お歌でありますが、これは自然を素直に受け止めて、生きてゆこうということでもあります。良い時もあれば、悪い時もある、よい季節もあれば、厳しい季節もある。しかし、厳しい季節を過ぎたらなら、かならず温かな季節がやってくるのでございますよ。
 また、散りゆく紅葉、落ち葉というのは、積もり積もって、冬、春、夏と年月を経て、肥料となってゆく。そしてまたそれが新しい命が芽生えてゆく栄養源となってゆくのでございます。
このことは世界中どこへ行っても、古今東西変わりようがない、間違いない事実であります。これが自然の摂理だからです。この自然という言葉は、仏教では、「自然(じねん)」とお読みし、また同じ言葉に「自然法爾(じねんほうに)」とも言いますが、この摂理と同じように、必ず私たちをお救い下さるのが阿弥陀如来様です。
 阿弥陀さまは、法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)という御修行(ごしゅぎょう)の時代に、罪深き私たち、難しい修行ができない私達を哀れんで、難しい修業をしなくてもいいように願いを込められて長い長い時間かけて御修行されました。そして、その誓われた願いが成就され、いま現に西方の極楽浄土に居られるのでございます。その阿弥陀さまが、我が名を申せ、「南無阿弥陀仏」と私の名前を呼びなさい。南無阿弥陀仏とお念仏を称えたならば、必ず導き、支え、救い取るぞと誓って下さったのであります。
 ですから、このお誓いを信じて、お念仏をお称えしたならば、阿弥陀さまが命終わるときには必ずお迎えに来て下さるのでございます。
その阿弥陀さまを信じて、お念仏を申してゆくならば、日々においては守られ、導かれ、明るく、正しく、和やかな日暮らしが実現してゆくのでございます。そして、やがてには新たな命として西方の極楽浄土へと導かれてゆくのでございます。希望をもって、長い冬を乗り切りましょう。

合掌